連載1063 インバウンド回復の大誤算。
なぜ中国人は戻って来ないのか? (完)
(この記事の初出は2023年7月18日)
団体ツアー解禁で浮かび上がる北京の思惑
中国政府は、現在、日本への団体ツアーの販売を禁止している。
中国政府はこれまでゼロコロナ政策の一環として、海外への団体ツアーの販売を禁止してきた。ただ、今年に入りゼロコロナ政策を転換すると、この措置を段階的に解禁した。2月からは20カ国限定で解禁し、3月からは40カ国、6月からは60カ国に拡大した。
しかし、この60カ国に、日本とアメリカは入っていないのだ。
団体ツアーの解禁の経過を見ていくと、中国政府の思惑が浮かび上がってくる。
まず、最初の20カ国は、ロシア、タイ、カンボジア、ラオス、フィリピンなどで、中国にとっての友好国と一帯一路政策の参加国ばかりだった。西側諸国は、ニュージーランドとスイスの2カ国しか含まれていなかった。
続く3月の追加では、フランス、イタリア、スペイン、ブラジル、ポルトガル、ベトナム、モンゴルなどが加わった。これもまた、中国に好意的な国々ばかりである。そして、6月の追加もまた同じだった。
そこで除外された国を見ると、中国の思惑がはっきりする。除外されたのは、日本、アメリカをはじめとして、韓国、英国、ドイツ、カナダ、オーストラリアである。アメリカを筆頭に、中国デカップリングに積極的に加わっている国々ばかりということだ。
台湾有事と総統選挙でインバウンド回復は無理
団体ツアーを禁止したからといって、いまの海外旅行は個人ツアーが主流だから、人々の動きにそれほど大きな影響はない。実際、コロナ禍前の訪日中国人の約7割が個人ビザによる訪日だった。
となると、実際に訪日している中国旅行者が、コロナ禍前の1割程度だということは、なにかほかの力が働いていると考えるほかにない。それが、私の娘の親友が言う「北京の思惑」だ。
「中国人はみな北京が向く方向を向かないと、なにがあるかわかりません。だから、日本に行きたくても行かないようにしているんです。ただ、富裕層は例外です。ともかく、団体ツアーの禁止は、北京のメッセージなのです」
ウクライナ戦争によって、台湾有事は机上の話ではなくなっている。十分、起こる可能性があるレベルまできている。また、来年は、台湾で総統選挙がある。
これでは、中国政府が日本への団体ツアーを解禁するわけがない。中国からのインバウンドの回復は、この先もずっと望めないだろう。
背景にある経済の減速と人民元安
中国人が日本に来ない理由は、さらにある。それは、中国経済の減速だ。こちらのほうが、ここまで述べてきた理由より、大きいかもしれない。
コロナ禍とデカップリングによって、中国経済は明らかに減速している。
中国の国家統計局が7月17日発表した4-6月のGDPは、前年同期比6.3%増と、中国ウオッチャーの予測を下回った。前期比では0.8%増に過ぎないから、これは「増」であっても「減」である。
6月の経済指標を見ていくと、中国経済が明らかにおかしくなっているのがわかる。工業生産は改善したが、その一方で小売売上高の伸びが大きく鈍化している。輸出は不振で、不動産市場も落ち込んでいる。若年層の失業率は20%を突破し過去最悪を更新している。
欧米がインフレなのに、中国はデフレ傾向にあり、中国人民銀行は6月に入って利下げを実施した。
中国経済の不振を受けて、人民元は大きく下落している。4月下旬から下落が始まり、5月には節目とされる1ドル=7人民元台をつけた。そして、6月30日には1ドル=7.27人民元台をつけ、2022年11月以来の元安水準に落ち込んだ。
ここまで購買力が落ちれば、円安で海外旅行が遠のいた日本と同じことが起こる。
中国は日本の最大の貿易相手、経済取引相手である。中国経済の落ち込みと中国インバウンドの消滅は、今後の日本経済にどんどん効いてくる。「中国人が来なくなって清々した」などと言っている場合ではない。
(つづく)
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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。