Vol.50 映画監督 坪田義史さん、俳優 リリー・フランキーさん

今、日本のアートフィルムシーンで異彩を放つ監督、坪田義史と、俳優としてますます円熟した演技に目が離せないアーティスト、リリー・フランキーの初タッグ作品「シェル・コレクター」が日本はもとより、世界で話題となっている。2人の表現者が出会い、どのようなケミストリーが起きたのか、話を伺った。(インタビュー日時: 2016年7月21日)

リリー・フランキーさん(左)と坪田義史監督(photos: Tetsu Wakabayashi)

リリー・フランキーさん(左)と坪田義史監督(photos: Tetsu Wakabayashi)

Profile:坪田義史(1975年神奈川県生まれ)
多摩美術大学在学中の作品「でかいメガネ」(2000)が、イメージ・フォーラム・フェスティバル2000でグランプリを受賞。「美代子阿佐ヶ谷気分」(09)ではロッテルダム国際映画祭コンペティション部門に選出される。12年に文化庁新進芸術家海外研修制度でニューヨークに滞在。

Profile:リリー・フランキー(1963年福岡県生まれ)
俳優をはじめ、イラストレーター、エッセイスト、小説家、ミュージシャンなど多岐にわたる分野で活躍。著作、「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」は日本で220万部を超える大ベストセラーとなるほか、「ぐるりのこと。」(09/橋口亮輔監督)では俳優としてブルーリボン賞新人賞を受賞。

日本から世界へ発信するアートフィルム

―盲目の貝類学者という難しい役どころをなぜリリー・フランキーさんにオファーしたのでしょうか。

坪田(以下、「坪」):イラストレーターとして、また作家や俳優としてボーダーレスに活躍するアーティスト、リリーさんならこの役を演じてくれるだろうと。一緒にモノづくりもしてみたかったので。

―オファーが来た際の心境は。

リリー(以下、「リ」):ストーリーが面白かったのですが、台本を読んだときに「自分を呼んでくれている意味」が分かりました。俺を呼んでくれる人の“におい”がしたんですよね。

坪:うれしい言葉です(笑)。映画づくりでは、既成概念に捕われず、自分のつくるものが異物でありたい、という思いがあります。リリーさんと一緒に作品をつくることで、今の日本映画界に一石を投じることができると思っていました。

―「シェル・コレクター」はもともとアフリカを舞台にしたアンソニー・ドーアの米国文学作品ですが、なぜ日本に設定を置き換え、映画化しようと思ったのですか。

坪:2012年に文化庁の海外研修制度でニューヨークに滞在したのですが、そのときから米国作品を日本の舞台に脚色するという構想がありました。そのようなタイプの映画が日本にはなく、かつ11年の東日本大震災を経験して、自分が日本人としてどう表現するかを模索していたときに、もともと好きだったドーアのこの作品を取り上げたいと思いました。

_MGL1341

―原作の中に自然災害や戦争の話が出てくるからでしょうか?

坪:そこまで社会派の映画にはしていないのですが、ただ主人公が盲目の貝類学者という設定なので、目が見えないからこそ、人の欲望だったり、自然に対峙するときに聞こえてくる音だったりを表現する、感覚的な映画を目指しました。日本のアートフィルム(芸術映画作品)を世界に発信したかったんです。

―当初から、世界に発信することを意識してつくられたのですね。

坪:そうですね。米国人スタッフやアーティストがいろいろなかたちで携わってくれました。

―研修での映画づくりはどのように進めましたか。

坪:映画関係者と海外作品の映画原作使用権をどうやって手に入れるかという相談から始めましたね。映画の製作費とクランクインのせめぎ合いもあり、契約は撮影が始まる直前まで決まりませんでした。

―海外作品が原作の映画ならでは、ですね。

坪:ただ、原作者が15年にフィクション部門でピューリッツァー賞を受賞したのですが、その前に権利を獲得したのはラッキーでした。その後は契約金が跳ね上がりましたからね。

―撮影現場はどのような雰囲気でしたか。

坪:沖縄の渡嘉敷島で撮影しました。東京での撮影だと新宿に集合して、またみんな帰っていくという日々になりますが、そうではなくて、スタッフとの合宿生活のような、毎日がクリエイティブで、すごく幸せな時間でした。

リ:滞在は3週間くらいでした。

坪:リリーさんがずっと滞在して、その間に共演の寺島しのぶさんや橋本愛さんなどが、入れ替わり立ち替わり、来ては帰っていくという。

リ:劇中に、島に治療を求めて人が集まってくるシーンがありますが、まさにそういう感じでしたね。

―とてもきれいな島ですね。

坪:すごく良い島でした。沖縄の海で撮影すると「いかにも沖縄で撮りました」という映像になってしまうのが普通ですが、海の雰囲気にも国籍がないというか。

リ:劇中に、あれだけ沖縄の人が出てきて、琉球方言で話して、島の神事も出てくるのに、不思議と沖縄っぽくないんですよね。

_MGL1330

―撮影で一番苦労されたシーンは。

坪:主人公が海底にある椅子に座っているシーンですね。僕は船上でモニターを見ているだけでしたが、リリーさんを1月の海の底に沈めるということに対して怯えはありましたね。

リ:台本で読んだときは、「そういうシーンか」くらいにしか思わなかったのですが、実際やるのは大変でした。でも俺に限らず、共演の寺島さん、橋本さん、池松壮亮くんが全員1月の海に入っているんですよね。

坪:実は1月の沖縄の海ってゲキ寒いんです(笑)。

リ:風が冷たいんですよ〜。でも演技では寒そうにしてはいけないですし、大変でした。

坪:ただ、やるからにはちゃんとしたものを撮ろうという責任はありました。生身の人間が海に呑みこまれていくシーンは苦労しましたが、「撮れたな」という確信はありましたね。

―今回のニューヨーク滞在期間はどれくらいですか。

リ:3日間ですね。昨日到着したのですが、監督はすぐに釣りに出掛けてました(笑)。

坪:セントラルパークの池で朝1時間くらい釣りをしてました(笑)。前回のニューヨーク滞在時もブルックリンの公園の池でずーっと釣りしながら、セリフを吹き込んで、という作業をしてたので、そのころと変わらないというか。

―滞在中にこれはやりたい!ということはありますか。

リ:僕は散歩で既にマンハッタンを半周くらいしたのでほぼ満喫し終えたというか。本当は、もっと時間があればギャラリーを巡ったりしたいですね。ちなみに明日(7月22日)は田中投手が登板予定のヤンキース戦を観に行きます。

―今後どのような作品をつくりたいですか。

坪:裸を描きたいですね。裸っていろいろな意味があるじゃないですか。神聖なものであったり、性的なものであったり、そういったボーダーレスなところを表現したいです。

リ:じゃあ、僕はその裸が見たいですね(笑)。

―映画タイトルは「シェル・コレクター」ですが、おふたりは何のコレクターでしょうか。

坪:昔は骨を集めていました。自分が食べた魚の骨を洗剤で洗って箱に入れてました。タラバガニの殻を洗ったのを最後にもう止めましたが。

リ:僕はあまり物欲がありません。以前はウィスキーのコレクターでしたが、結局飲んじゃうのでコレクションになりませんでしたね(笑)。

取材協力:ジャパン・ソサエティー