気絶するほどトムヤムクン②
「あちー」
唇を少し火傷してしまったみたいだ。目の前のコンロの上でグツグツ煮え立っているのだから当たり前か…しかも追い討ちをかけるようにやってきたのは辛さ。辛いと言ってもタイでいう「辛さ」は舌がひっくり返るほど辛い。ジンジンとシビれる舌は今にも麻痺しそうだった。でも、しばらくの間、熱さと強烈な辛さに耐えていると、シビれている舌にも次第にいろんな味が感じられるようになってきた。このスープの辛さの中にいろんな味が潜んでいる。しっかりとした酸味。甘味も効いている。それにタイの魚醤ナンプラーの濃厚な旨味。大好きなパクチーの香りに、レモングラスの爽やかさ。そして無くてはならないのがコブミカンの葉。この可愛らしい葉っぱの柑橘的な香りに人は心奪われる。
食べ終わるとTシャツがびっしょりになった。汗を乾かそうと店を出てから屋台の並ぶ通りを歩いてみたが、賑やかで夏祭りのような今夜も、昼間に劣らず熱気がこもってよけいに汗が出てきた。するとそのとき、なんだか急に気分が悪くなってきた。すーっと頭から血の気が引いていく。くらくらしてもう立っていられなくなり、道端にしゃがみ込んでしまった。運良くその様子を目の前の屋台のおばちゃんが見ていて、心配そうに声をかけてきてくれた。言葉は通じなかったが、急に気分が悪くなったとジェスチャーでなんとか伝えた。するとおばちゃんは「ちょっと待ってて」みたいなことを言い残し小走りにどこかへ消えてしまった。
「どうしたんだろう」
とびきり熱くて辛いトムヤムクンで体が驚いてしまったのだろうか。夏祭りの電飾がボヤけ始め、でっかいボリュームで響くタイのポップスに溶け込んでいった。
トントンと誰かが肩を叩いたので顔を上げると、さっきのおばちゃんが立っていた。そして箱から小瓶を出すと目の前に差し出した。酔いざめの薬かなと思ったが、おばちゃんは手で胸をさする仕草を始めた。
「こうして胸に塗りなさい、スッとして気持ちいいわよ」
そんな風に説明している。ぼくは言われた通りそのクリームを胸に塗った。
つづく
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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