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共同通信
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能登半島地震で5カ所の石垣が崩落した金沢城(金沢市)で、損壊した多くは明治以降に積み上げた石垣だったことが8日、石川県金沢城調査研究所への取材で分かった。江戸期の技師が積み上げたものの被害は1カ所のみで、加賀藩が継承してきた技術が、廃藩置県で明治以降は引き継がれなかったことが影響した可能性がある。
研究所によると、金沢城には石垣が約470カ所あり、江戸期のものが全体の9割を占める。今回の地震で、崩落した江戸期のものは元々ゆがみのあった大手門口の石垣のみだった。
金沢城には戦前、旧陸軍第9師団司令部が置かれ、弾薬庫を造るなどし一部の石垣が組み直された。