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共同通信
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バスケ男子の元ウクライナ代表、イホール・ボヤルキムは2022年、母国から逃れ、日本へとやってきた。Bリーグ3部の金沢で活躍の場を得たが、能登半島地震で被災した。「戦争も地震も自分ではコントロールできない」。懸命に前へ進もうとしている。
東部ドネツク州で兄の影響で競技を始め、15歳でプロチームの下部組織に加入。司令塔役のポイントガードとしてプロでも順調にキャリアを積み、19年W杯の欧州予選には代表で出場した。
22年2月、戦争が競技人生を一変させた。「恐怖で仕方がなかった」。不安に駆られる中、代理人から「日本でプレーできるチャンスがある」と声がかかり、海を渡ることを決断した。
練習拠点である石川県七尾市での暮らしにも徐々に慣れていた中で地震が起きた。どこに避難をすればいいか分からず「パニックになってしまった」と振り返る。一時、黒島秀介監督の自宅に身を寄せた。
ロシアの侵攻開始から2年。離れ離れの親は、テレビ電話で話すと涙を見せることもあるという。祖国を案じ、被災地の復興も祈りながらコートに立つ。