Vol.52 俳優 イッセー尾形さん

日本のキリスト教概念を物語る名作として世界的に有名な遠藤周作の小説「沈黙」を巨匠、マーティン・スコセッシ監督が構想から28年を経て「Silence」(邦題:沈黙 -サイレンス-)として実写化。残忍な拷問でキリシタン弾圧を推進する井上筑後守役に抜擢された、役者キャリア46年になるイッセー尾形が、この難しいテーマにどのように向き合い、演じたかを語る。(メールインタビュー日時:2017年1月11日)

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Profile:イッセー尾形(1952年福岡生まれ)
1971年から演劇活動を始める。一人芝居の舞台をはじめ映画、ドラマ、ラジオ、ナレーション、CMなどで幅広く活動。 2013年の独立を契機に新たな活動も展開し、「言い忘れてさようなら」(09年)など著書も多く手掛ける。16年に「Silence」で第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞の助演男優賞次点に選ばれた。

“悪役という役”を演じる

−まず、この映画に出演することが決まったときの、率直な感想をお聞かせください。

 例えて言うならば、サンタさんから手伝ってくれと話があったみたいに、うれしさの表現が簡単にはできないほどでした(笑)!

−昨年12月にニューヨークで行われた試写会では、どのような反応がありましたか?

 実際に「沈黙」を観た米国の人たちは、さらにスコセッシ監督への尊敬を深めていました。映画化を決心してから28年。僕も現場で監督の体からあふれる喜びを浴びていました。そして信仰という深いテーマが自分の演技にも関わってきたと思います。実際にカメラが回ったときに、信仰のない自分は何を頼りにこの場にいるんだろうと、自問しました。そんな経験をしたんだなあと思って観ていただければうれしいです。

−普段の尾形さんのイメージとはかなり違う役どころでしたね。悪役を演じるのはお好きですか?

 悪役を演じるというよりも、ニュアンスの問題なのですが、“悪役という役”を演じると言ったほうが僕にはぴったりくる気がします。そうすると人物の幅はうんと広く深く感じられ、創るのが楽しくなります。いつも僕はこんな風に役に向かいます。ただ、やっぱり人間を1人創り上げるわけですから、一言では表せません。

−周囲の人からはどのような言葉を掛けられましたか。

 周りからは予想外の悪役だったねと言われまして、ちょっぴりうれしかったです。

−拷問のシーンは目を覆いたくなるほど生々しく衝撃的でした…。

 まさに目を覆いたくなるシーンがありました。でも目をそらすことなく見てしまうんですよね! そらさせない。釘付け。これがこの映画のすごいところの1つだと思います。残酷だ非道だ、という意味に先んじて見てしまう。フェレイラ(リーアム・ニーソン)を穴吊りにするシーンに立ち会いましたが、もうその姿は人間ではなく袋に詰まったモノでした。見ているこちらもモノになってしまいます。モノとモノが向かい合うだけです!

−見る人の宗教観や信仰深さによっても評価の分かれる作品だと思いますが、最も心に残ったシーンは?

 不思議なことに印象に残るのはおかしなシーンばかりです。五島の男たちが泳いできてロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)の舟のへりによじ登りあわてて十字を切る姿。片桐はいりさんとガルペ(アダム・ドライバー)の奇妙なやりとり。キチジローの逃げ慣れした走り方。ヨシ・オイダさんの長老ぶり。最近は、モニカが無邪気にロドリゴに向かって、「天国に行ったら良いことだらけなんでしょう」と投げ掛けるシーンがお気に入りです。どうしてこんなことになってしまったのか? それを正す言葉はあるのか? そもそもこれを間違いと言えるのか? 何とも言えない心に残るシーンです。

−共演者との印象的なエピソードなどはありましたか?

 ニーソンさんが僕の目の前で踏み絵に足を掛けるシーンで、突如彼の両目が燃えたように見えてびっくりしました! 熊が立ち上がったかのようでその迫力に脅えたものです。ガーフィールドさんが棄教してこざっぱりした装いで登場したときにも驚きました。心が空っぽなのです! マインドコントロールか、というくらい演技の枠をはみ出ていて、こちらも罪悪感が自然に湧き出てきました。筑後守が最後に彼に近付くのですが、何かとっさに(その罪悪感の)埋め合わせをしたくなったんだと思います。

−キリシタンたちにとっての信仰のように、尾形さんにとって「絶対にゆずれないもの」は何でしょう?

 人を演じることですね。

−最後に、ニューヨークに住む日本人の読者にメッセージをお願いします。

 この間、久しぶりにニューヨークの街を歩き、やっぱり興奮しました。何でしょうこの魅力。大好きです! その街で映画を創り続けているスコセッシ監督の作品に出演しました。それも30年近く温めていた大事な大事な作品です。そして創る喜びをこの歳になって改めて教わりました。かけがえのない経験です。身も心も全開で演じました。ぜひ劇場に足をお運びください。

現在公開中の「Silence」に出演する尾形さん(右)

現在公開中の「Silence」に出演する尾形さん(右)