デルシー・モレロス(Delcy Morelos)展 (ディア・チェルシーで7月20日まで)
メグ・ウェブスター(Meg Webster)展(ディア・ビーコンで長期)
作品の第一印象は、作品を見る者が生まれ育った文化特有の要素・背景を基盤に形成され、作品を理解しようとするのだろう。メグ・ウェブスターの『Moss Bed』を見ると、日本人ならきっと、苔寺を思い浮かべると思う。ウェブスターは日本庭園に関心があるのかもしれない。しかし、彼女の美意識の原点はアメリカのミニマリズムにある。自分の想像だけで即決してしまうと、作家の思慮・熟考を受け入れられなくなる。作家の発想は、自分では考えてもみなかったところにある可能性が高いし、良い作品は視野を広げてくれる。自分の想像力や作品との対話を豊かにしてくれる。日本美術というと、西洋人はすぐ浮世絵などを連想するが、明治維新後のモダニズム、戦後の前衛美術は日本特有の領域を占めている。日本美術に西洋の影響は確かにあるが、日本美術を狭い範囲で見られることが多い。お互いにステレオタイプ化せず、より理解し合うことで新たな認識と感謝が生まれると私は思う。
2015年にディアのダイレクターにジェシカ・モーガンJessica Morgan が就任した。ロンドン出身で、イエール大学の博士号を持つ彼女は、ロンドンのテート・モダンの学芸員を12年間務めていた。そこで世界中に目を向けるアウトリーチ活動を推進し、中近東、北アフリカ、アジアの作家の展示を進め、2014年には韓国・光州ビエンナーレの芸術監督に委任された。2016年ディア・ディレクターに就任したモーガンは「大勢の人々を招き入れる責任に追われていない施設は、ほとんどないに等しい……その手の会話はここ[ディア]では関係なく、とても自由だった…….ディアは、作品が収入に結びつかないアーティストに素晴らしいサポートを提供することができる」と語っている(ヴォーグ誌2016年2月23日)。
第二次世界大戦後、美術史はパリからニューヨークに変遷した。多数のアーティストが政治的な亡命や表現の自由を求めて集まった。19世紀後半から20世紀に入り、写真の技術が発達し、写実的に描写する以外の表現を目指す作家たちが現れ、それがモダニズムの原点となった。作家の内面を表現する動き(キュービズム、シュールレアリズム、バウハウス、ダダ等)がヨーロッパから浸透し、ニューヨークでは抽象表現主義が登場した(代表的な作家はジャクソン・ポラック、リー・クラズナー、ウィレム・デ・クーニング、エレイン・デ・クーニング、マーク・ロスコ等)。その反動として起こったのがミニマル・アートで、個人的感情を排して形や色を最小限までそぎ落とし、素材に手をかけず、モノの本質を追求した。ディアは将来の展望を、1960~1970年代のそうした作家を支援することに置いた。その大胆な発想は、もっと世に知られるべきだと思う。そして現在、ジェシカ・モーガンは、時代に応じた作家を取り入れようとしている。女性、そしてアメリカ中心でない世界の作家に目を向けている。また、ミニマル・アートには、表現を最小限まで絞った後に、何を次の展開にしていくのかという課題がある。デルシ―・モレロスとメグ・ウェブスターの作品を見ると、その次の展開が見えてくる。古代のモニュメント、ピラミッド、パルテノン神殿、ペトラ遺跡などに思いを馳せながら、現代のモニュメントが存在しても不思議ではない。
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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。