アートのパワー 第33回 メトロポリタン美術館で『ハーレム・ルネサンスと大西洋を越えるモダニズム』展(2)The Harlem Renaissance and Transatlantic Modernism(7月28日まで)

ジェイコブ・ローレンス Jacob Lawrence
1917-2000 『 Pool Parlor』 1942年作
ローレンスのこの作品は Artists for Victoryコンペで賞を取ったことから
メトロポリタン美術館のコレクションに所蔵された最初の作品である。
台頭する黒人中産階級の豊かさと洗練さだけでなく、一般的な日常生活を、
ステレオタイプを避け、称賛と批評をこめて描いている。
色の平面化、様式化が見事に表現されている。

 

今回の特別展は、メトロポリタン美術館がハーレムを課題にした3回目の展覧会である。1回目は1968年の『我が心のハーレム :アメリカ黒人の文化首都Harlem on My Mind: Cultural Capital of Black America, 1900-1968』で、黒人やラテン系の居住区を捉えた新聞の切り抜きやドキュメンタリー写真を優先したため、黒人の画家や彫刻家を排除したため、怒りや抗議活動を招く結果になった。 2回目は1987年の『ハーレム・ルネサンス:スタジオ美術館におけるブラック・アメリカのアートHarlem Renaissance: Art of Black America at the Studio Museum』で、メトロポリタン美術館ではなく125丁目のスタジオ美術館で開催され、ハーレム・ルネサンスで活躍した4人のアーティスト・写真家の作品が展示された。(今回の展覧会にも同じ4人が含まれている。)

今回の特別展は、ハーレムに留まらず黒人文化の交流と影響までを概観する野心的なサーベイ展示会である。本展を担当した特任学芸員デニス・ムレルDenise Murrellは、ハーバード・ビジネススクールを卒業後20年間金融業界に勤めたが、美術史に関心をもち、コロンビア大学院で博士号を取得後、2020年からメトロポリタン美術館で働いている。「学生の時、20世紀の美術史のコースにハーレム・ルネサンスは含まれていなかった」とムレルは言う。主流の白人文化から離され、同等のレベルのものとは考えられていなかった。アメリカ文化の中で黒人文化は欠かせられない存在である。近代の大都市ニューヨークの地理的には小さいハーレムというこの地域で、人々を惹きつけてやまない交流の場が築かれ、あらゆる文化が融合し、そして爆発した。そこでは社会的・経済的流動性が高く、一般社会で制度化された黒人への人種差別や黒人のステレオタイプに対する問題が提起され、黒人としてどう自己を表現したら良いのか等、自我意識が一挙に噴き出したのだった。特別展では、これらの幅広い課題に取り組み、12部門に分け、思想や美学、芸術の自由を表現する言葉A Language of Artistic Freedom, ヨーロッパのモダニズム、家族と社会、アーティストとアクティビスト等を、アフリカ系アメリカ人の絵画、彫刻、写真、書物、映像で説明している。ムレルの掲げた課題は、W.E.B. デュボイスが1926年NAACPの機関誌『The Crisis』誌上で開催されたシンポジウム 「芸術における黒人:どのように描かれるべきかNegro in Art: How Should He Be Portrayed」 の中で答えを模索した疑問をなぞっている。

特別展には160点の作品が展示されている。その中でメトロポリタン美術館(MET)が所蔵している作品はわずか21点で、ムレルはMETをWPI(白人優位の機関)と呼び、所蔵作品が偏っていることを率直に述べている。この特別展のために、2年間歴史的黒人大学 や個人コレクター、作家の家族が所蔵するハーレム・ルネサンス関連の作品を探して回った。予算が限られていた上、コレクションがオンライン化されてなかったので、探すのに時間がかかった(2024年2月18日付NYタイムズの記事  『With ‘Gems’ From Black Collections, the Harlem Renaissance Reappears』)。「[ハーレム・ルネサンス]は、20年代から40年代にかけて形成された新しい近代的な都市生活のあらゆる側面を、黒人アーティストが描いた最初の瞬間だった。」 ムレルは、ハーレム・ルネサンスが、黒人としてのアイデンティティを持ち、アメリカに限らず、いかに大西洋を越えていったかまでを追求している。

ムレルは、2019年にコロンビア大学の美術館で『近代化をポーズする:マネ、マティスから現代までの黒人モデルPosing Modernity: The Black Model from Manet to Matisse to Today』と題した展示会を企画した。彼女の博士論文は「マネの『オランピア』に描かれた黒人の召使のアイデンティティ」で『近代化をポーズする』展は、その延長にあった。美術史のコースで 『オランピア』のスライドが見せられ、裸の白人モデルについては説明があったが、黒人の召使については全く説明がなかった。目の前にいる黒人の存在は無視されて当たり前、美術史家は過去に対する私たちの理解を形成する上で重要な役割を果たしている、そんな彼らの解説が黒人の歴史を書き換えたり、服従させたり、排除することになる――そんな思いに煩わされた。今まで受け継がれてきた 主流の思想、制度化された文化をいかに変えていくか、を彼女の天命と確信したという。

ロメール・ベアデン Romare Beardon
1911- 1988『 街並みThe Block 』1971年作
(6面パネルのうちの、福音派教会を描いた1面) 
会場の最後の部屋に展示されている壁画サイズの素晴らしいコラージュは、
酒屋、葬儀屋、教会、床屋、食料品店、遊ぶ子供達、
窓から見えるプライベートなひと時などハーレムの街並みにささげた作品で、
ベアデン独自のモダニズムが見られる。

この続きは6月28日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。

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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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