トランプ政権とアメリカの公立教育のゆくえは?

 
 11月23日、トランプ次期大統領が、アメリカ合衆国教育省の長官にベッツィ・デヴォス氏を指名した。新政権に変わると、アメリカの学校教育、学校生活に今後どのような影響と変化がもたらされるのだろうか?

学校生活での変化

 11月9日、大統領選挙でトランプの勝利が決まった後、 アメリカの学校へ通わせる保護者の中には、子どもの学校からメールあるいは手紙を受け取った保護者も多いのではないだろうか?
_今回の結果が衝撃だったこと
_大統領選の結果が、生徒たちの日常の生活に影響を及ぼす可能性、もしくはすでに影響がではじめていること
_学校は多様性、寛容性、個人の自由への尊重する姿勢は変わらず、あらゆる差別から生徒たちは守られ、学校は安心かつ安全な場所であることに変化はないこと
_差別など、不安をもつ生徒のサポートは万全であり、いつでも相談を受け付けていること。
そしてソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、スクールサイコロジストの連絡先が列記されている。
 全ての学校がそのような措置をとったわけではなく、子ども自身も普段と全く変わらない学校生活を送る者、登校に躊躇する者など反応は様々だったようだ。
 しかし、このような手紙を受け取ることで、改めて自分たちの子どもがどのような場所で、どのような理念のもとに行われている公立教育を受けているのか、を考えるきっけかになった保護者は多いだろう。
 「躊躇せずにこのような手紙を出すアメリカは、さすが自由の国なのか、またはこのような手紙を出さなければならないほどの危機感に満ちた国なのか」、「永住者としてマイノリティーである我が子が生きる社会がどのようなものなのか」、「短期滞在だからこそ垣間見たことを、今後どのように生かしてゆくのか」など、それぞれの立場でそれぞれの思いがあるだろう。
 現在トランプ氏が提言している教育政策がどのように具体的に今年からの学校生活にインパクトを与えるかはわからない。俯瞰的な教育政策としては日本語メディアで報じられることもあるが、現地校での、生徒たちの日々の生活に直結する情報は、日本語で情報を得る機会が少ない。
 子どもたちの精神面も含め、保護者は落ち着いて、的確な情報を得るべくアンテナを張り、何かあった時は学校とこまめにコミュニケーションをとるよう心がけよう。

 

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教育政策の変化は?

新たに教育長官に指名されたデヴォス氏は、ミシガン州の大富豪であり、実業家、慈善活動家、教育活動家で、博愛主義者として知られる。ミシガン州共和委員長を数年間務め、党内の指導的立場にあり、文化的、社会的な立場から児童教育のありかたに関わってきたが、これまで教育者として、実質的な教育関連の仕事に携わったことはない。
 また、チャータースクールの支援者で、トランプ氏の掲げるスクールチョイス(学校選択)制度とそれに伴う教育バウチャー制度の支持者であり、ミシガン州でチャータースクール、教育バウチャー制度を推し進める支援活動を展開してきた。
 トランプ氏の掲げるスクールチョイスは、全ての家庭が公立学校、チャータースクール、私立学校、宗教系学校、ホームスクールなど、自分たちの通う学校を選択できるべきであること、その費用をカバーするために、バウチャーを発行するというものだ。
 財源としては、連邦政府から200億ドル、各州の教育予算から1100億ドルの供出で、生徒一人あたり年間1万2000ドルのバウチャー配布が可能になるとしている。これは現在公立学校が年間生徒一人あたりに費やす額とほぼ同額だ。
 しかし、これは公費を使って私立学校やチャータースクールへの通学を可能にすることになる。つまり、公立学校の運営資金の削減となり、これを懸念する教職員組合から支持を受ける民主党の姿勢は慎重だ。また、学校選択は、生徒の取り合いなど、学校の市場競争を激化させることが予想される。

 

トランプ次期大統領ウエブサイトの「Education」プランのページ

トランプ次期大統領ウエブサイトの「Education」プランのページ

 

コモンコアの否定

従来、合衆国憲法に基づき、アメリカの公教育に関する権限は州に委ねられ、 日本のように全国的一律の学校制度はない。
 これに大きな変革をもたらしたのが、2001年ブッシュ政権による「落ちこぼれ防止教育法(No Child Left Behind= NCLB)」だ。貧困家庭に多くみられる、いわゆる落ちこぼれを防止するために、連邦が州に教育資金の助成をする代わり、成果の説明責任を課した。その一環として、成果を客観的に計る目的で州統一テストの実施が始まり、2014年までに、全生徒が習熟に達するべきという、厳しい目標が掲げられた。
 2009年にオバマ政権となり、NCLB緩和を目的とした融通措置がとられ、助成の代償としてアメリカ初の全国統一の学習達成度基準を示した、「コモンコア・ステート・ラーニングスタンダード」が作られた。各州の自由意志での採用が奨励され、結果40以上の州が採用した。
 2015年、連邦の教育への権限の拡大を抑えるべく、IT教育や移民へのバイリンガル教育支援を含めた包括的な助成を盛り込んだ、NCLBの修正案「全児童・生徒成功法(Every Student Success Act =ESSA)」が超党派による合意で成立した。
 トランプ氏はこの連邦主導を嫌い、州に全ての教育権限を戻すことを提言している。
 しかし、コモンコアはもともと州の権限での採用決定が原則。大統領が州に対して禁止する権限はないため、コモンコア廃止案は現実的ではないという見方が多勢だ。
 移民国家であるアメリカでは、多様な背景をもつ各コミュニティーを代表するリーダーを育てることが国家の発展に欠かせない。教育はその基本だ。
 コモンコアが発動して数年間で、ニューヨークでもチャータスクールと公立学校の攻防、テスト偏重への反発、学校ごとの生徒の人種の多様化促進などがみられ、学校制度は毎年のように揺れている。新リーダーがその多様性と教育をどのように発展させるのか、全く方向転換をするのか、今後に注目だ。(文=河原その子)