第11回 教えて、榊原先生!
日米生活で気になる経済を専門家に質問
「消費とクレジット負債増加による懸念」
Q. 米国では後払い(BNPL)の利用が増えていたり、クレジットカード平均負債額が上がったりしています。 消費の下支えに寄与しているようですが、 サブプライムローン問題のようになるなど、中長期的にみて経済への懸念はないのでしょうか?
なかなか難しい質問です(苦笑)。BNPLは2019年時点ではまだ数十億米ドル程度の決済規模でしかなかった新種の金融サービスでしたが、23年には1,000億米ドル弱にまで急拡大。ここには良くも悪くも米国経済の特徴が表れていると言えるでしょう。
ご存じのように、米国経済は先進国の中でも際立って市場原理に基づく自由競争を志向する体制だと理解されます。市場機能は、その効率性による結果として勝ち組と負け組を生み出しやすい環境。言い換えると、相対的に中間層が拡大しにくい側面があります。一方、経済規模の拡大を担う消費の増加は中間層の需要が大きな役割を果たします。中間層が広がりにくい構造の下で需要増大を顕著に実現している米国経済の仕組みには、実は、こうした金融サービスの創意工夫があるのだろうと考えられます。
質問にあるサブプライムローンも、それまでお金を貸すことが難しかったクレジットスコアの低い層に対して住宅購入のチャンスを与え、さらに住宅価値の上昇を担保にした購買力を提供するという新たな工夫でした。途中で不適切な手続きの増加やリスクの過小評価といった管理体制の劣悪化により横道に逸れて大問題化してしまいましたが、金融サービスの原点においては評価される側面もあります。
BNPLもこの文脈で捉えることができ、景気は悪いより良い方がいいに決まっているという意味で、米国経済の堅調さを支える一つの要素。経済規模の拡大に伴って家計の債務残高が増えるのは自然な関係です(GDP対比では増えていません)。ただ、もちろん良いことばかりと喜んで済むものでもありません。
雇用環境が依然として良好であるにもかかわらず延滞率が上昇しているのは、やはり利用しすぎの兆候だと思われます。ニューヨーク地区連銀の調査は、延滞状況に移行する公算の大きい高クレジットカード利用者(利用限度枠の90%以上を使ってしまっているユーザー)が顕著に増加した危惧される状況(2024年1-3月期時点でコロナ禍に大きく低下した以前の水準はまだ辛うじて超えていない)を示しました。
金融サービスで購買力を支える工夫は悪いことではないはずですが、借り入れが過ぎれば、景気が悪くなった時の負荷が拍車的にかかります。この構図は景気サイクルを増長させる働きがあり、不況時の落ち込みも大きくなりがち。消費支援と状況悪化の繰り返しという光と影になるわけです。
今のところはサブプライムローン時のような貸付債権に相当するものを証券化して流動化するというカウンターパーティー不明確化の事態は聞かれていませんが、金額が膨らんでくると当時に類似した危険な流れになる可能性もあり得なくはないでしょう。新しい工夫には規制がかからず、監視も不在だったりするため、今後の規制当局の対応も注目されますね。
先生/榊原可人(さかきばら・よしと)
SInvestment Excellence Japan LLC のマネージング・パートナー。主にファンド商品の投資仲介業務に従事。近畿大学非常勤講師(「国際経済」と「ビジネスモデル」を講義)。以前は、米系大手投資銀行でエコノミストを務めた後、JPモルガン・アセット・マネジメントで日本株やマルチアセット運用業務などに携わる。