1 アメリカの公立学校では、小学校1年生から高校を卒業するまでの12年間の学年を通年で1年生から12年生と呼ぶ。アメリカでは、基本的にスクールディストリクトと呼ばれる学校区ごとに通学する学校が高校まで決まるため、どの学校区に住むかで高校卒業までの子ども教育の質が決まるといっても過言ではない。
しかし、ニューヨーク市では事情が変わってくる。
特殊なニューヨーク市 公立学校進学システム
マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテン島の5ボローはニューヨーク市教育局(New York City Department of Education、以下DOE)の管轄の元、アメリカ全土でも独特な進学システムを持つ。
アメリカで生まれ育った保護者はもとより、ニューヨーク市出身の親世代にとっても複雑であるため、州外やニューヨーク郊外から転居する学齢期の子どもを持つ家庭は注意が必要だ。
ニューヨーク市は、31のスクールディストリクトに分かれており、各ディストリクトがスクールゾーン(通学区)に分かれている。基本的に小学校までは、自分たちのゾーン校へ通学するが、中学からは、 居住するディストリクト内の中学校に加え、ボロー内居住者対象のボローワイド校、同じく市内全域居住者対象のシティワイド校が進学対象になる。高校になると通学区は事実上無くなり、市内全域の高校全てが進学対象になる。
生徒は、これら数多くの進学可能な中学・高校から希望する学校を複数選んで願書を出す。人気校は希望者が殺到して競争率が高くなるが、学力的に優秀な生徒が集まる進学校だけに限らず、安全で、いじめや暴力がなく、教育の質が整い、通学距離の妥当な「普通に良い学校」の数も限られ、多くの志望者がその席を争う。
ここまでは日本の受験と似ていると思えるだろうが、ニューヨーク市の進学システムを特殊にしているのは、進学先の学校選びから学校決定までのプロセスにある。
受験ではない、「マッチング」という考え方
日本では受験といえば、それぞれの学校の入学試験を受けて、各学校が合否決定を下す。複数校から合格通知がくれば、どの学校に通学するかは最終的に生徒の意思で決めることができる。不合格になり、志望校へ進学が叶わなくても、自分の力不足だったと納得でき、わかりやすいシステムといえる。全てに不合格でも、滑り止めなどの考え方で、最終的に通学する可能性のある学校も、自分たちが納得の上で確保できる。
しかしニューヨーク市の進学は、本人の努力でコントロールできない難しさがある。それが「マッチング」(組み合わせ)というシステムだ。願書提出をし、受け入れの可否を待つという点で、大枠では受験なのだが、その実態は日本とは違う。DOEも「受験」という言葉は公立学校システムで使用していない。結果も、合格(=アクセプタンス)ではなく、「あなたは○○校にマッチされた」という文面で、通知も「合格通知」ではなく「プレイスメントレター」と呼ばれる。
このシステムでは、まず生徒が行きたい学校を複数選び、希望優先順位(ランキング)をつけて、DOEに願書を提出する。DOEは学校に志願者リストを送り、学校側は欲しい生徒を選出してDOEに送り返す。双方の希望は、 DOEのマッチング専用のアルゴリズムにより、コンピューターで最終的に生徒1人に1校をマッチングさせる。
この方式の問題点は、希望校のいずれにもマッチしない生徒が出てくることだ。その場合、中学進学の場合は、DOEが近隣の学校などを、生徒の意思を無視してマッチさせるため、絶対に行きたくないと思っていた学校へプレイスメントされてしまう状況が起こる。これは生徒の成績にかかわらず、アルゴリズムの妙ともいえ、優秀な生徒でも、行き場を失うケースも少なくない。事後の「アピール」というシステムもあるが、必ずしも希望通りに変更がなされるとは限らない。
高校進学では、二次募集があるが、一次募集で生徒が集まらずに定員割れを起こしている高校の中から選ぶことになるので、基本的に二次募集は避けたいというのが、生徒にも、その在学校の進学指導者にとっても本音だ。
2次募集にまわることを避けるため、DOEはなるべく多くの学校をランキングするように勧める。中学願書では、各生徒の居住地と通学校の住所をもとに、 その生徒が応募できる学校名が記載されており、その中から進学希望校を複数選んでランクする。高校では市内全域の学校から最大12校までランクできる。しかし、通学圏内に10数校、通学したいと思える学校を探すことは難しい。
反対に、競争率の高い2、3校しか書かなければ、マッチングされる確率が減り、希望しない学校へ回される可能性が高くなる。また、数を増やすためだけに、興味のない学校をランキングに入れてしまうことも厳禁だ。DOEに希望校だと思われて、プレイスメントされる可能性があるからだ。
これ以外に学校独自に願書受付・合否決定をする公立校もあるため、進学プロセスはさらに複雑になる。
2年前の成績が進学に影響する
複数校に願書を出せるとはいえ、日本流にいう「合格」はたった1校のみからしか来ない。更に各学校で異なる選考基準を採用しているため、自分が選考基準に合っていない場合、ランキングに入れても無駄になる。志望校で、かつ入れる可能性のある学校選びと、そのランキングは慎重に行わねばならず、どの家庭にも非常にストレスフルな作業となる。
そして、この進学の鍵となるのが、中学進学(6年生)では4年生の、高校進学(9年生)では7年生の、実際に入学する2年前の成績や生活態度だ。願書提出時に記載され志望校が選抜材料にするのが、この4年、7年生時代のものだからだ。(続く)(文=河原その子)