ニューヨーク市公立高校は現在約400校。その中で高度な教育を行うことで知られるスペシャライズド高校9校のうち、ラ・ガーディア芸術高校を除く8校への入学は、SHSAT(Specialized High Schools Admissions Test)の結果のみで決定する。そのテストの内容が2017年の秋から一部変更になる。先月に続き今月は、市が提供する無料テスト準備プログラムについて解説する。
公立学校は米国社会の縮図
変更の最大の理由は入学する生徒の多様化を図ることだ。米国でもニューヨーク市だけに存在する、特殊な受験方法を採用するスペシャライズド高校8校は、70%以上がアジア系生徒で占められている。長らく叫ばれていた学校と人種の不均衡に対する市の改革案の一つが、今回のSHSAT変更だ。
在学生の多様化が人種的な学力格差の是正に効果的かどうかという問題は常に問われているが、今回のSHSATの改定を巡りさらに関心が高まっている。日本でも今後、移民や外国人が増えるのに伴い、ニューヨーク市が実施する教育政策は参考になるかもしれない。
10月から実施される改訂版SHSAT
先月号では、変更の理由と変更点を紹介したが(教育事情6月号参照https://www.dailysunny.com/2017/06/19/edu04/)、ニューヨーク市教育局(以下DOE)はこのほど、今年10月に実施する新SHSATのサンプルテスト2セットを掲載した「Specialized High Schools Handbook 2017-2018」を発表した。希望者はDOEのウェブサイトからPDF版をダウンロードできる。
SHSAT対策は学校では教えないため、学外での勉強は必至だ。そのためDOEもハンドブックでサンプル問題と併せてテストの傾向と対策を解説(実際の過去問は非公開)、事前の準備を奨励している。
しかし、SHSAT対策のために塾に通ったり家庭教師を雇ったりするのは、一般家庭には経済的な負担が大きい。塾は1コース1000ドル、専門の家庭教師は1セッション170ドルが相場だ。DOEがアフリカ系、ヒスパニック系生徒への受験を奨励しながら、経済的弱者をこの状況に置くのは矛盾するとして、市は受験に不利な立場の生徒への無料支援を行なっている。
無料で学業を支えるプログラム
◎Specialized High School Institute
「DREAM-SHSI」と呼ばれるこのプログラムは、成績優秀な低所得家庭の生徒への支援だ。従来から存在したが、市はさらに周知に努めている。6年生の2月から8年生の受験まで、放課後と夏休み中に16カ月間にわたり指導する。公立校在籍6年生で、フリーランチ(半額ランチを含む)対象者、かつ5年生の州統一テストスコアで一定基準以上のスコアを得た生徒が対象。基準を満たした生徒には市から招待状が届くので、参加を希望する場合は申し込むこと。希望者多数の場合は抽選になる。
生徒は16カ月にわたり全てのクラスへの参加が求められる。中学に入学したばかりの6年生に、長期間にわたるゴールを目指し意欲持たせることは、特に受験への意識が低い家庭環境で育った生徒にとっては容易なことではない。だからこそ、恵まれない環境の中で学業に長け、意志もあるポテンシャルの高い生徒を時間をかけて育成するのが、このプログラムの目的でもある。
同プログラム受講に人種制限はない。フリーランチは特別なことのように思えるが、自営業やシングル家庭、メディケイド利用家庭など、フリーランチ対象になる家庭は意外に多くある。日本人は対象にならないと決めてかかることはない。
◎Summer/Fall Intensive
生徒の多様化政策の一環として昨年から始まったプログラム。公立中学在学の7年生を対象に、試験直前の夏休みと新学期に開催されるSHSATの塾。
所得制限はないが、州統一テストで高得点を得なければならず、居住地制限もある。ミドルクラスの居住者が増加しているマンハッタン区インウッドとワシントンハイツを含むディストリクト6も対象地域。対象各家庭にはDOEからEメールで通知が来るので、希望者は申し込むこと。
◎Discovery Program
スコアの数点が足りずに不合格になった生徒で、経済的、社会的に困難な状況下にあると認められ、スペシャライズド高校の教育に値すると中学が推薦した生徒にセカンドチャンスを与えるプログラム。
参加が許された生徒は、夏休みに特別講習を受けた後、SHSATを再受験する。そこで合格ラインのスコアを出せば、スペシャライズド高校入学への道が開かれる。ただし、スペシャライズド高校8校のうち、Discovery Programを採用している学校を(毎年、要確認)、進学希望校リストに入れていることが条件だ。
「困難な状況」の要件には、英語が母国語でないことも入っているので、日本人家庭も対象になり得る。
各学校の合格ラインのテストスコア(カットオフ)は非公開のため、プログラムを希望する生徒は、発表後直ちにガイダンスカウンセラーを訪ね、自分のスコアが候補者となり得るかを確認すること。
市が、そこで学ぶ生徒の多様性を促進しているとはいえ、スペシャライズド高校は生徒の個性やゴールを考えれば、必ずしもどの子どもにとっても良い学校とはいえない。名前が一人歩きしているという見方もある。
次号ではSHSATの特殊な採点方法と合格基準、スペシャライズド高校の特質を解説する。
(文/河原その子)