6、7月と2回、ニューヨーク市のスペシャライズド高校8校(ラガーディア芸術高校を除く)の合否を決めるSHSAT(Specialized High Schools Admissions Test)の変更(教育事情6月号を参照www.dailysunny.com/2017/06/19/edu04/)と、市の無料テスト準備プログラム(同7月号を参照www.dailysunny.com/2017/07/05/edu07/)について紹介紹介してきた。今回はSHSATの採点方法と学校の特徴を解説する。
SHSATと合否の仕組み
毎年3万人が受験し5000人が合格する。競争率は約6倍だが、学校ごとの倍率は単純に測れない(表1)。生徒は複数校同時に受験し、記念受験的な生徒の存在も数字に影響を与えている。また各校とも厳密な定員と、何点を取れば合格という「カットオフスコア」はない。隠しているわけではなく、システム上、事前に知ることが不可能なのだ。
生徒はテスト当日、志望校8校の中から志望する順に記入する。何校選ぶかは自由。採点後、全受験生を高得点順に並べ、トップの生徒から、その生徒の第1志望校に振り分けていく。
この方法では、第1志望にリストする生徒が最も多い、つまり1番人気の学校から席が埋まる。例えば550点の生徒が100人いて、そのうちスタイブサント高校を第1志望にする生徒50人を振り分けた時点で、同校の定員に近い940人に達したとする。次に、549点で同校を第1志望とする生徒が30人いた場合は、550点をカットオフとして940人を入学させるか、549点をカットオフとして970人を取るかは、そのときの状況で学校が決定する。
公開されない情報
仮にスタイブサント高校が549点カットオフに設定すると、548点で同校が第1志望だった生徒は、第2志望B校へ振り分けられる。スコア優先で生徒の希望順に振り分けるので、この生徒はB高が第1志望の低スコアの生徒より入学が優先される。このようにスコア順に生徒の志望順で振り分け、8校全てが入学を締め切った時点で終わる。つまり各校のカットオフは結果論であり、流動的となっている。事前に知ることは不可能であり、結果として出たカットオフスコアも公開されない。
SHSATは数学と英語の2教科で、複数バージョン用意される。問題の違うテストを正解数だけで比較することはできないため、正解1問ごとの配点のウエイトに差をつける独自のアルゴリズムに当てはめ、スケールスコアに換算する。同じ1問差でも正解30問と31問の得点差より、正解数50問と51問の得点差の方が大きくなるのだ。正解数が増えるほど1問の価値が上がる。この配点法(アルゴリズム)も非公開だ。全問正解がスケールスコアで何点になるのかも正式には非公開だ。
非公開の理由は説明されていないが、実際これらの情報がそれほど役に立つとは思わない。このシステムの最大の利点は、生徒が純粋に好きな学校から志望順位を付けることができる点だ。高得点の生徒から優先的に志望校順に入学が許可され、スコアが良いほど希望が叶う確率が高くなる。重要なのは受験生間の相対的なスコアで、上記の情報公開の有無は結果に影響しない。
ただし、模擬試験の結果などで、自分の立ち位置を知ることはモチベーションになる。インターネット上でも塾などが聞き取りを基に作成した配点表が出ている。公式な数字ではないが、参考になる。
苦手教科があっても有利な採点法
スコアは2教科の合計だ。全問正解に近くなるほど、正解1問の価値が上がるため、極端な話、数学で100%、英語で60%正解する方が、両方85%正解するより、高得点になるといった現象が生まれる。得意科目でパーフェクトを目指すように指導されるのはこのためだ。
8年生で習わない単元の出題
数学では、アルジェブラ(代数)が出題されるが、SHSAT実施の8年生10月時点で、この単元を学ぶのはシティワイドのギフテッドプログラムと、普通校アドバンスドクラスの生徒に限定される。それ以外の生徒は独自に対応する。これは今後も変わらないが、市長は2020年までに市の8年生全員がこの単元を学ぶカリキュラムに変更するとしている。
スペシャライズド高校は特別に優れているか?
市の公立優良高校の1つと理解するのが正解だ。スペシャライズドと同等かそれ以上の評価があり、高学力を求められる高校は数多くある。これら内申、面接、テスト、提出物など多くの選抜過程を要求される人気高校への進学と異なり、過去を一切考慮しない「テスト一発勝負」のスペシャライズドを「滑り止め」にする生徒も多い。
スペシャライズド高校が他の公立高校と違う点は、①歴史と伝統②科目選択の豊富さ③専門性の高さ、だ。特にオリジナル3校のスタイブサント、ブロンスクサイエンス、ブルックリンテックは100年の歴史を持ち、母校への誇りと卒業生のつながりは、他の高校と一線を画する。1学年で1000人以上を有するマンモス校としても異彩を放ち、専門、能力別に授業の選択肢も多く、実験室、擬似裁判所、天文台など、豊かな設備は大学を彷彿とさせる。他の5校は新しく少人数制だが、大学内に校舎を構え、強い専門性を打ち出している。
これらの特徴は、スペシャライズド以外の高校との比較で、生徒の興味、特性などを基に高校を決める材料になるだろう。テスト変更の要因である、公立学校の選択肢の1つであるべきスペシャライズドの生徒分布が市の多様性を全く反映していないといった問題への改善は、学力のスタンダードを落とすことで実現すべきではなく、教育への価値観を高めることにあるのは明白だ。
今回のSHSATの変更〜教室で教えない問題形式の排除〜は、問題の解決策としては、マイルドな変更であり様子見にすぎないとの声もあり、その成果は来年3月の結果を待つことになる。多様な価値観の混在するニューヨーク市の教育問題は、ニューヨークタイムズなど有力紙で報道されるほど全米から注目されている。多様化が進む日本の教育界にとっても決して無関係ではないのかもしれない。
(文・河原その子)