「おもてなし」は、日本が世界に誇る文化ということで、定説化しています。私たちは、素晴らしい「おもてなしの国」に住んでいると信じています。
しかし、おもてなしはそんなにすごいことなのでしょうか? 単にチップのないサービスなのではないのでしょうか? 世界一高いチップを要求されるニューヨークのチップ事情と、そこで最近進む「チップ廃止」運動について考えてみました。
「おもてなし」文化と欧米の「ホスピタリティ文化」
かつて私は「おもてなしのどこがそんなに素晴らしいのか? なんでそれが、日本が誇れる文化なのか? おもてなしをする側にとってはタダ働きではないのか? 単にチップのないサービスではないのか?」という趣旨のことをネットの記事に書いて、“炎上”したことがある。
現在、観光庁は2020年東京五輪に向け、「おもてなし向上事業」を推進し、地方の先行的な取り組みを支援している。つまり、「おもてなし」で観光立国をしようというのだ。そこで思うのが、日本の「おもてなし」が世界に誇るべき素晴らしい日本の文化なのか? また、日本に来る外国人が、日本の「おもてなし」をはたしてどこまで理解しているのか?という疑問だ。
今回はこのことを述べていきますが、その前に、外国人といっても、それは欧米人であり、中国人などを含まないことを断っておきたい。現在、日本を訪れる外国人観光客の主流は中国人だが、彼らにはもともと「お客さまをもてなす」という文化がない。中国の上流階級にはそれなりの接遇文化があったが、庶民にはない。とくに、商売においては、中国には「おもてなし」という概念はない。
しかし、欧米には、日本の「おもてなし」に匹敵するホスピタリティの文化があり、その表れの一つが「チップ制度」と考えられる。
したがって、日本の「おもてなし」はチップという対価を求めないサービス(無償サービス)と言えるだろう。とすると、そのどこが素晴らしいのか?というのが、前記した“炎上”してしまった私の論理だ。(ここで言う「おもてなし」とは、たとえば、お客さまに対して行う「おもてなし」のことではありません。誤解されぬように、いちおう先に述べておきます)
ニューヨークの「大戸屋」もチップを廃止
さてここから、話はニューヨークに飛ぶ。
昨年秋、私はしばらくぶりでニューヨークに長期滞在した。ひとり娘が現在ニューヨークにいて、そこに夫婦で押しかけた。その滞在時、私は、チップを払わなくてもいい店が増えていることに驚いた。あるレストランで、チェックに「私たちはチップを受け取りません。不要です」と書いてあったので、「これは本当なのか?」と聞くと、「そうです」との返事。
それで「なぜ?」と聞くと、「最近、そういう店が増えているので、私たちもそうしたのです。チップは料金に含まれているので、配慮してもらわなくていいのですよ」と言われた。
そういえば、そんな話を聞いたことがあった。とくに日本レストランはそうだというので、「大戸屋」のチェルシー店に家内とランチを食べに行ったとき、確かめてみたら、やはりそうだった。「当店では2016年3月よりチップ制度を廃止しています」と言うのだ。
たしかに、チップがないのはいいことだ。煩わしい計算をしなくて済む。ただし、チップを廃止した店では、それなりに料金が上がったという。もともとニューヨークの外食は、日本に比べたら本当に高い。2倍以上はする。大戸屋では夫婦揃って「しまほっけ定食」を頼んだが、1人28.5ドルだった。日本なら1000円以下だから、ほぼ3倍だ。
20%が常識。15%だと不満足の意思表示になる
若いとき、初めてアメリカに行き、いちばん勝手が悪かったのが、チップを払う習慣だった。どのようにして、いくら払えばマナーにかなうのか、まったくわからなかったからだ。当時はまだ、海外での日本人観光客のマナーの悪さがさんざん批判されていたから、なおさら戸惑った。
そんななかで知ったのが、ニューヨークはとくにチップ代が高いということだった。ハワイやカリフォルニアなどでは、ある程度の高級店でなければチップを置かないし、置いたとしても15%が限度だが、ニューヨークでは最低20%が必要と言われた。
あるとき、「ちゃんとしたレストランでは20%が常識だ。15%だと不満足の意思表示になる」と、日本企業のNY駐在員をしていた友人から諭された。「日本人も欧州からの観光客も15%しか出さないから、そういう客のテーブルには付きたくないと、ウエイターに本音を言われたことがある。なにしろ、彼らはチップ収入で生活しているからね」と、彼は付け加えた。以来、私は律儀に20%を払ってきた。
この20%計算のもっとも簡単なやり方は、チェックの合計額(タックス込み)を5で割るという方法。5で割って算出した20%分を、チップとしてテーブルに置けばいいと、教えられた。
もっとも手っ取り早いチップの計算方法
しかし、ニューヨーカーたちは、チェックにあるタックスの額(NY州のセールスタックス は8.875%:日本の消費税にあたる)を2倍にした金額を四捨五入して払っていた。たとえばタックスが26.625ドルとすると、それを2倍すると53.25ドルだから、この場合は55ドルを払う。
「このやり方がいちばん手っ取り早い。ダブルタックスと言うんだ。試してみるといいよ」
これでは、20%にわずかに満たないが、それでいいのだという。
そこで思ったのは、ニューヨークはロサンゼルスに比べ、セールスタックスが安いということ。ロサンゼルスの場合なら、州税8.25%+郡税1.5%でタックスは9.75%となる。となると、20%を適用すると、チップはニューヨークより高くなる。
「そうか、だからロスのほうがチップは低くていいのか」と思ったが、いまだに本当のところはわからない。
いずれにせよ、チップはサービスが思ったよりよかったり、サーバーがとても親切だったりすれば、パーセントにはこだわらない。25%だって30%だっていいわけだ。しかし、富裕層でもない私が、そこまでのチップ払うわけがない。実際、20%を超えるチップを払ったことは、これまで1度もない。
いまやスマホがあるので、チップ計算はすぐできる。そのため、20%チップが定着してしまったようだ。(つづく)
【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
この続きは、10月23日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。 ※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。