連載80 山田順の「週刊:未来地図」どうなる米朝会談(1)(上)失敗したらトランプは戦争を仕掛けるのか?

 4月18日(日本時間)からの日米首脳会談(編集部註:本記事の初出は17日)、月末の南北会談が終わると、5月末か6月には本丸の「米朝首脳会談」(トランプvs.金正恩)が行われるとされる。焦点は、はたして本当に北朝鮮は核を放棄するのかということ。金正恩の核放棄の意思が明確なら、平和は訪れるはずだ。
 しかし、もし核放棄が限定的、あるいは口先だけだった場合、トランプ大統領はどうするのだろうか?戦争に踏み切るのだろうか? 戦争か平和かの分岐点に立ったいま、今後、考えられるいくつかのシナリオを提示し、今日から数回に分けて、私たちの未来を展望してみる。いずれにしても、日本がなにもできないことは明確だ。
 まずは、会談が失敗する可能性を見ていく。

トランプはあまりに楽観的すぎないか?

 金正恩が一転して“微笑み外交”に踏み切り、トランプが韓国の特使に「イエスだと伝えてくれ」(=オレは会うよ)と言ってから、世界中であらゆる観測が飛び交ってきた。しかし、米朝の水面下の交渉は続いているものの、いまだに本当に「米朝首脳会談」(US-North Korea summit)が開かれるのかどうかわからない。
 自分の言葉の重さを自覚しない大統領は、4月9日、ホワイトハウスのキャビネットミーティングの冒頭で、北朝鮮と接触していることを明かし、こう述べたという。

 “We’ll be meeting with them sometime in May or early June and I think there’ll be great respect paid by both parties and hopefully we’ll be able to make a deal on the de-nuking of North Korea.”
(われわれは5月中か6月初旬までに彼らと会談を持つことになり、お互いに深く尊重しあったうえで、期待を持って朝鮮半島の非核化交渉を行うだろう)

さらに、トランプは「世界中がものすごく興奮することになるだろう」と付け加えたという。
 これは、その前日にCNNが「米朝会談は議題などの準備に想定よりも時間がかかっている。北朝鮮は平壌(ピョンヤン)での会談開催を求めているが、アメリカが受け入れるかは不明」などと報じたことを受けたうえでの発言だが、あまりに楽観的すぎないだろうか。
 もともと、トランプは慎重さのカケラもない人間だが、ここまで楽観的なことに、大丈夫なのかと思わざるをえない。

会談が不調に終わった場合の選択肢は一つ

 トランプは、自分を“交渉の天才”と考えている。なんといっても、たった1冊あるゴーストライターが書いた彼の自伝のタイトルは「The Art of Deal」(交渉の技術)だ。
 しかも、トランプは自分が無知で教養がないことを恥じない。むしろ、自分を支持してくれるラストベルトのプアホワイトの人々と同じレベルであることを誇りにしている。
 だから、彼は自分と同じか、それ以上のウエイト(体重130キロ)を誇る金正恩を「リトル・ロケット・マン」と呼び、さらに「病気の子犬」(sick puppy:シックパピー)とコケにしてきた。
 オバマ前大統領のような宥和政策、平和主義を嫌悪し、アメリカという世界帝国の力をバックにして「強硬策」を取れば、「子犬」は必ず尻尾を振ってかしずくと信じてきた。
 だから、金正恩の「非核化」というメッセージを即座に受け入れ、それを彼が白旗を掲げたものと解釈した。そうして、トップ会談に向けて「北の体制転換は求めず、侵略もしない」などと言ってきたレックス・ティラーソン国務長官やハバート・マクマスター安全保障担当補佐官をクビにし、「タカ派」(hawk:ホーク)のマイク・ポンペオとジョン・ボルトンにすげ替えた。そうしたなか、金正恩は慌てて北京に出かけ、習近平皇帝に“後ろ盾”になってほしいと懇願した。
 以上がここまでの大まかな流れだが、トランプとしては、「してやったり」というところだろう。
 しかし、こうしたトランプの慢心と楽観に、アメリカの多くの識者、専門家が危惧を表明している。はたして、金正恩が本当に核を放棄するのか確信が持てないからだ。もし、金正恩が非核化に条件をつけ、交渉を引き延ばそうとしたら、トップ会談そのものの前提が崩れる。
 アメリカはこれまで、核の放棄こそが「話し合い」の前提としてきた。これは、大統領が誰であろうと、譲ってはならない条件だ。
 しかし、トランプは前提が曖昧なままに、トップ会談に踏み切った。となると、もし会談が不調に終わった場合、アメリカが取るオプションは一つしかなくなる。
 力による解決。つまり、戦争だ。

北朝鮮は「リビア方式」を受け入れられない

 実際のところ、戦争になる可能性は高まっている。なぜなら、金正恩が言うところの「朝鮮半島の非核化」は曖昧であり、間違いなく「リビア方式」を拒否すると見られているからだ。
 韓国からの報道(3月30日付韓国聯合ニュース)によると、韓国大統領府の高官は「北朝鮮はリビア方式の非核化には応じる考えはなく、あくまで補償と支援との交換で実施する意向」と述べたという。習近平との会談でも金正恩は、非核化はあくまで「段階的、同時進行」で実施するとし、「行動対行動」の原則を強調したと報道されているから、北と中国、あるいはアメリカとの間に裏取引が存在しない限り、この姿勢は変わらないはずだ。
 では、「リビア方式」とはなにか?
 それは、「中東の狂犬」(mad dog of the Middle East)こと、リビアの独裁者カダフィ大佐が2003年に米英との秘密交渉で核放棄に合意したことを指す。このとき、カダフィ大佐は国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、核開発に関するすべての活動を公開したうえ、弾道ミサイルを廃棄した。言葉を換えれば、まず「武器を捨てた」のだ。これによって、たしかに経済制裁は解除され、米英などとの国交は正常化した。
 しかし、2011年、「アラブの春」によって反政府勢力が蜂起すると、米英はこれを支援し、命乞いをしたカダフィを殺してしまった。
 これを知っているリトル・ロケット・マンが、はたして先にミサイルと核を捨てるだろうか。もちろん、あくまでアメリカはこの方法を主張している。すなわち、「完全で検証可能かつ不可逆的な核放棄」(CVID:complete, verifiable and irreversible disarmament)をさせ、それで核放棄を確認して初めて経済制裁を解き、和平交渉に入るということだ。
 アメリカはイラクでもこれをやって、フセイン政権を丸裸にした。しかし、「まだ怪しい、どこかに大量破壊兵器を隠し持っている」として、イラクに侵攻してフセイン政権を倒し、フセインを裁判にかけて処刑した。
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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