連載81 山田順の「週刊:未来地図」どうなる米朝会談(1)(中)失敗したらトランプは戦争を仕掛けるのか?

金正恩にとってトランプの「イエス」は想定外

 となると、金正恩の“微笑み外交”は、非核化を表明することによる「時間稼ぎ」としか考えられない(編集部註:本記事の初出は17日)。
 北はこれまで、「体制維持」と「核の認知」を主張してきた。この2つはセットであり、切り離すことなどできない。そんなことをしたら、金正恩自身が朝鮮人民軍の突き上げにあって、政権を転覆させられる可能性がある。
 よって、「朝鮮半島の非核化」といっても、その交換条件として経済制裁の解除ばかりか、南北双方が核を放棄し、米軍が朝鮮半島から撤退することまで、北は要求してくるだろう。
 おそらく、金正恩はトランプが即座に会うと応じたことに、驚いたのではないか。それで、慌てて北京詣でをした。習近平に頭を下げたのであろう。
 外交の常識からいって、外交関係のない国同士の首脳会談というのは親書を相手国に送ってからスタートし、その後、双方の外交手順にしたがって交渉が行われて初めて実現する。したがって、早くとも1年はかかる。そうなれば時間が稼げると、北朝鮮は考えていたのではないか。
 つまり、北朝鮮は、トランプを騙そうとしたのだろう。交渉を長引かせれば、トランプは中間選挙後にレイムダック状態になる可能性が高い。さらに、2年後には大統領でさえなくなる可能性がある。それまでダラダラと交渉していればいいと思ったのではないか。

戦争回避のためのトランプ流パフォーマンス

 ところが、トランプにこの常識は通用しなかった。現在、北とアメリカは「下交渉」(under table talk)をしているとされている。北としては、どう出るか困っていると推察される。
 もちろん、いくらなんでもトランプも、北がリビア方式を受け入れないとわかっていただろう。トランプが本当の天才、あるいは超人的なツキを持っていない限り、リビア方式に北が「イエス」と言うはずがないからだ。
 ではなぜ、トランプは首脳会談をやると宣言したのか?トランプが自信過剰の「自惚れ男」ということは置いておくと、理由は2つしかない。
 1つめは、会談が決裂すれば軍事オプションを取ると初めから決断していたから。2つめは、段階的な非核化を受け入れてもかまわないと考えていたから。
 この2つめは、アメリカの妥協、政治的な敗戦に等しいが、ポルノ女優とのセックスの“口止め料”に13万ドルを支払うのだからないとは言えない。
 つまり、トランプは史上初の米朝会談をやること、その話題性のほうを取ったと言える。そして、その結果、非核化が完全に実施されなくとも、核とミサイル実験を中止させ、アメリカ本土に届くICBMの開発を断念させればいいと考えたのかもしれない。
 これだけでも、世界が「戦争を回避できた」と評価すれば、中間選挙が有利なる。つまるところ、トランプのパフォーマンスである。

歴史にならえば北朝鮮を攻撃してかまわない

 しかし、そうだとしたら、なぜ、トランプはボルトンやポンペオのようなタカ派を政権に入れたのか? ボルトンは安全保障補佐官に指名される1カ月ほど前、ウォール・ストリート・ジャーナル紙(3月1日付)に、「北朝鮮への先制攻撃を正当化する根拠」(The Legal Case for Striking North Korea First)という論説を寄稿し、一刻も早く北朝鮮を攻撃せよと主張していた。
 その理由は、北朝鮮がアメリカに到達可能な核兵器を保有した後では、はるかにリスクが高くなる。よって、やるなら早いほうがいいということだった。
 ボルトンは歴史にならって、第2次大戦を主導したルーズベルト大統領の言葉を引いた。ルーズベルトは1941年5月、「もし枢軸国が海洋を掌握できなければ、彼らの敗北は確実だ」と語り、さらにアメリカの国防は「近代戦の電光石火のスピードに対応しなければならない」と説明した。そうして、アメリカの都市の「路上に爆弾が本当に落ちるまで」待つ人々を激しく非難した。
 ルーズベルトはアメリカの防衛海域を拡大し、なんとグリーンランドやアイスランド、西アフリカの一部まで含めることにしてしまった。
 さらに、1988年、レーガン大統領は、大統領令によりアメリカの領海を3カイリから12カイリに一方的に拡大した。その理由は、ソ連の工作船による情報収集を難しくすることだと説明した。
 つまり、ルーズベルトやレーガンは、脅威に対して先手を打って行動したのである。手段を現実に合わせたのであり、その逆ではなかった。ならば、トランプが北朝鮮を攻撃することに、なんらためらう必要などないということになる。
 ボルトンは、周囲から「ネオコン」(Neo conservative:新保守主義派)の代表格と目されている(本人は、初めからの保守なのでこう言われることを嫌っている)。オバマ政権時代は、オバマの外交姿勢を批判し、イランとの核開発に関する合意に反対したうえ、アメリカ大統領として初の広島訪問を「恥ずべき行為」と激しく非難した。もちろん、北朝鮮に対してはリビア方式を譲らない。
 こんな人物を政権入りさせたトランプが、CVIDを捨てて、段階的放棄を認めるとはとても考えられない。
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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