いよいよ目前にせまった「米朝首脳会談」だが、単なる「顔見せ」と「握手」によるテレビショーに終わるという懸念が高まっている。
いったんはキャンセルした会談を、なぜトランプ大統領は即座に受け入れたのか? まったくわからない。しかも、その後のコメントを見ると、北側の「段階的な核放棄」を容認したようにも受け取れる。さらに、衝撃的なのは、「負担は日中韓など周辺諸国が行い、アメリカは多く出さない」という発言だ。
結局、日本にとっては、東アジアにおける恒久平和も得られず、カネだけをむしり取られるという「最悪」の結果になるのだろうか?
親書の内容を見ないで
会談OKを決めた
いまから予測しても仕方ないが、「米朝首脳会談」は、これまでのトランプの発言を聞く限り、史上最大の「茶番劇」に終わる可能性が高まっている。
いったんはキャンセルしたのだから、少なくとも金正恩が大幅な譲歩をしない限り、会談は開かれないはずだ。
ところがトランプは、6月1日午後(米国東部時間)、金正恩の親書を持参した金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長と会談すると、すぐに会談の再開を発表した。ホワイトハウスの庭で、マイク・ポンペオ国務長官を伴って、金英哲とがっちり握手を交わしたのである。その姿は、まるで「ミスター・キムによろしく」と、言っているように見えた。
その後のBBCの報道によると、トランプは親書を見ないで会談のOKを決めたというので、目を疑った。BBCの日本版の記事は、こうなっていた。
《ホワイトハウスが配布した写真で、金英哲氏と並ぶトランプ氏が非常に大きい封筒を手にしている様子が、ソーシャルメディアなどで話題になった。手渡された親書について、トランプ氏は最初は「とても興味深い」内容だと記者団に話したが、しばらくして「まだあけていない」と述べた》
まさかと思い、原文の記事を見たが、日本版がアレンジされているとはいえ、事実関係は同じだった。
親書の内容を確かめもしないで、会談OKを決める。まさに、トランプらしいと言えばそれまでだが、こんなことでいいのだろうか?
「CVID」放棄。非核化は「ゆっくりやればいい」
こうしてシンガポール・サミットは、当初の予定通り行われることになったが、さらに驚いたのは、その後のトランプの発言だ。
トランプは、どこをどう見ても金正恩とただ会いたいためにだけ、いったんキャンセルした会談をリセットしたとは思えないからだ。以下、報道されたことで、その要点をまとめてみよう。
(1)会談は今回だけではない。今後、複数回会談があるだろう。
(2)非核化は急がなくていいが、実現するまでは経済制裁は解除しない。
(3)今後「最大限の圧力」という言葉は使いたくない。経済制裁を解除する日が来ることを楽しみにしている。
(4)非核化を受け入れた後の経済支援は、日本や韓国あるいは中国などの周辺諸国が行う。アメリカが多く支出することはない。
(5)今回の首脳会談で朝鮮戦争の終戦協議はあり得る。
トランプは会談再開の条件とした「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID:Complete, Verifiable, Irreversible, Dismantlement)」に関して、「急ぐことはない、ゆっくりやればいい」と言い、それが、上記の(2)と(3)につながっている。
まさに、これでは完全譲歩ではなかろうか。そのため、日本のメディアも欧米メディアも、これを「段階的非核化を容認した」として批判した。
さらに、日本人として私が驚いたのは、(4)の経済支援は日中韓などの周辺諸国が行うという発言である。
勝手に「終戦宣言」だけされて、その後、核を放棄したら、その段階で日中韓が多額の経済援助をする。そのとき、北朝鮮が日本に届く短・中距離ミサイルを温存し、さらに核を秘匿したとしたら、日本にとっていいことは1つもない。そればかりか、状況はもっと悪化する。
そこで、トランプ発言を確かめるべく、ホワイトハウスのHPにアクセスすると、トランプは次のように発言していた。
日中韓は北朝鮮の隣近所
だから経済支援は当然
以下、トランプが北朝鮮の金英哲副委員長と会談後、記者団の質問に答えた「Remarks by President Trump after Meeting with Vice Chairman Kim Yong Chol of the Democratic People’s Republic of Korea」(White House, Issued on: June 1, 2018)より、日本に関する発言を引用する。
《記者団: 大統領、あなたは首脳会談で、北朝鮮に経済援助を提供しようと計画していますか?
大統領: うーん、なにか起こるかとすれば南朝鮮(韓国)がそれをやるだろう。私は、合衆国が支出すべきとは思っていない。南朝鮮がやるだろう。そう、中国もだ。寛容な中国も援助するだろう。
私は日本もすると思う。まさか、合衆国が大金を支出するとは思えない。わかるだろう、われわれは3人の人質を取り戻した。3人に、われわれはどれくらいのカネを払ったか?
それに見てみろ。われわれは遠く離れている。彼ら(3カ国: 日中韓)はとても近い。近所だぞ。われわれは、何千、そう6000マイルも離れている。だから、私はすでに南朝鮮に、「わかっているだろうな。もう準備をしておいてくれ」と言っている。もちろん、日本にもだ。
そして、私は、彼らがマジになにかすごいことが起こるのを見たいと望んでいるのを知っている。日本も、南朝鮮も、そして中国もだ。(北朝鮮は)彼らの隣近所だが、われわれは隣近所ではない》
すでに「カネを払う準備を
しておけ」と言っている
普通にこの発言を聞けば、トランプは同盟国・日本のことになど、さして関心をもっていないことがわかる。
なにしろ、彼のアタマの中では、日本も韓国も中国も周辺国(neighborhood)として一緒なのだ。だから、北の面倒は「ご近所」の義務だろうと考えている。6000マイルも離れたアメリカの知ったことではないのである。
つまり、トランプは北の非核化を、核搭載のICBMが遠く離れたアメリカに届かなければ、それでいいと考えているのだろう。ともかく、オレが金正恩をなんとかやり込めておくから、あとは勝手にしろと言っているように聞こえる。
さらに日本人にとって聞き捨てならないのは、すでに韓国にも日本にもカネを払う準備をしておけと、トランプが言っているということだ。トランプがこう明言している以上、安倍首相はその額について、トランプから言われていることになる。
しかし私たちは、そうした状況に日本があることを薄々は知ってはいても、いまだに政府から、ちゃんと聞かされていない。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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